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東輝英語塾




















 高校英語の現状




1 英語と数学は長距離走

 大学受験において英語は必修科目であり、数学と同様、習得に時間のかかる教科である。国語や地理、世界史などは、3年生になってからでも頑張れば間に合うので、そこまで焦る必要はない。予備校や塾に行かずとも優秀な参考書を買えばこと足りる。しかし、英語と数学はそうはいかない。長期的に、しっかりじっくり取り組むべきである。予備校や塾に通うならば「英語」「数学」が最優先だ。

2 「英語」が受験の核


 数学は苦手な子が多く、危機意識に迫られ、塾・予備校等に通う生徒が多い。一方で英語はというと、「センター試験くらいなら、まだ何とかなるだろう」と油断している生徒が多い。私に言わせれば、「センター試験」ほど良質な問題を出す試験は他にはないと思っているし、過去のセンター試験を振り返ってみると、かなり難易度の高い出題もある。「学校の授業に普通についていけば、センター試験は大丈夫!」と言う教師も中にはいるが、私の考えは、むしろその逆である。問題によっては「東京大学」の入試レベルに匹敵するものもあると思っている。
 数学が苦手ならば、途中で数学を捨てて文系に変更することができるが、英語はどの学部を受けてもついてくる教科である。英語こそが受験の核であり、まずは英語を確実に伸ばすことを心がけるべきである。英語を落とすと、優秀な大学への進学は絶望的になる。
 

3 自分の力を過信してはいけない

 当たり前のことだが、種を撒いてすぐに花が咲くわけではない。水をやり、雑草を抜き、肥料をやり、害虫を駆除し、たくさんの時間と手間をかけて、初めて花が咲き実を結ぶのである。英語も同様であり、3年の部活引退後から、全力でやれば間に合うというものではない。また、たかだか一週間ほどの予備校の夏期講習に参加したところで、伸びるものでもない。あてにしていた夏休みもあっという間に過ぎ、9月、10月と時が矢のように過ぎていく中で、徐々に「間に合わない」ということに気づき始める生徒が出てくる。そして、「志望校を下げる」か「浪人する」かの選択を迫られていくことになる。私は、このような姿を毎年のように見てきた。別段、脅しているわけではないが、遅くても1年生の春休みには受験を意識して取り組み始めなければ、英語に関しては間に合わないだろう。
 


4 「朝から晩まで勉強した」という満足感は幻である

 3年生になり、学校でも朝から晩まで課外授業(講習・補習)が行われ、家に帰っても休む暇もなく、明日の課題をこなさなければならない。このように、学校に多くの時間を束縛されていることになる。束縛する価値ある授業ならまだ良いが、最悪の場合、教師が同じで、教え方も同じで、平常授業と何ら変わらぬ場合もありうる。また、教える内容にも無駄が多い。講習が行われるたびに「関係代名詞」を基礎から教える教師がいる。そんな基礎は、入試には出ない。私にとっては「関係代名詞」は、いい加減な文法の一つと考ているので、何をそんなに教えることがあるのだろうかと思ってしまう。このように朝から晩まで学校に(+予備校に)束縛され、生徒は心身ともに疲労する。そしてその疲労感は「今日はよく勉強したなー」という誤った満足感を生む。つまり問題なのは、確かに量的にはやった気になるが、果たして実際きちんと身についているのだろうかということである。私の経験から言うと、そのような学習スタイルは、「5日前の晩御飯が何だったか」すっかり忘れているように、習ったことは数日と経たずに記憶からほぼ消えている。このような朝から晩まで束縛する「学習スタイル」は全く無謀である。
 

5 「その場しのぎ」は、時間の無駄

 単語試験のある直前の休み時間にだけ、慌てて覚えても、「その場しのぎ」でしかない。受験までどころか、翌日には半分以上忘れているだろう。そういう「その場しのぎ」をやめ、「反復・復習」を心がけなければならない。基本的に単語集は学校で買わされるが、たとえ真面目な生徒であっても、だらだら半年や一年かけて1冊テストしただけで、覚えられるわけがない。学校の英語教師は、たかだか1周や2周しただけで生徒が完全に暗記できるとでも思っているのだろうか。あるいは、教師もあえて無意味だと知りながら、やらざるをえないのだろうか。分からなかった単語は、ほったらかしのまま、また次の範囲の単語試験を行う。だらだら長期的にやるので、過去にやったものはもちろん忘れている。学校のやり方は、「復習・反復」することを一切考慮に入れていないので、全く無意味だ。教師も、とりあえず試験をやって満足しているにすぎない。
 毎週のように、金曜日がカレーなら、嫌でも「金曜=カレー」と覚えてしまう。つまり、単語を覚えるのも「金曜カレー」同様、短いスパンで何回も反復する必要がある。当塾では、独自の単語プリントを渡し毎回のように試験をする。「No.26」まであるが、受験までには、最低30回以上繰り返す。高3生は「次は、No.1からNo.4の試験ね」と範囲も広がる。1年生には、まず「訳」と「アクセントの位置」を覚えてもらう。ある程度したら、次に「語法」に触れていく。慣れるまでは大変だが、「語呂合わせ」や、「語源」からアプローチしたりと、なんとか頭に入るように私も試行錯誤している。 



6 学校の「足かせ」をはずし、自ら走り出すこと

 これまでの発言は、まるで「学校に行く意味なし!」と言っているように聞こえるかもしれないが、そうではない。学校にはもちろん行くべきだし、学校にも素晴らしい教師はおそらくいる。学校という閉じたコミュニティの中で人間関係や社会の規範など、学ぶことは多い。しかし、学校の雰囲気に流されたり、学校の学習進度に併せるあまり、手遅れになってしまうなど弊害も多い。学校だけではない。予備校・塾にべったり頼り切るのも避けるべきだろう。塾や予備校は学校より数段ましな授業を行ってくれるだろうが、そこで学ぶ時間は、学校の1/10にも満たないからだ。これまでの経験上、第一志望に受かる生徒は、自分で勉強する時間を持つことにとことんこだわっている。「苦手な教科・単元」を克服する時間、これまで習ったことを「反復・復習」する時間というような「生徒が自由に勉強する時間」が絶対に必要である。よって、課外授業を半強制的に行う学校は、一番最低である。私の過去の生徒の中には、講習(課外授業)にも参加せずに黙々と図書館に通い閉館まで勉強している者もいた。
 

7 「英語教育」と、「英語教師」の実情

 学校や予備校(もっと言えば大学受験問題)にも、許されざる大きな問題がある。以前、食肉などの「食の偽装」が世間を騒がせた時期があったが、現在、あちこちで「英語の偽装」が行われている。今、この時にもどこかの教師が誤った指導をしていることだろう。大学入試テストでも、数学や地理などは、問題ミスがあるとすぐに発覚し、マスコミに叩かれ猛省を促される。しかし、不思議と英語にも問題ミスはたくさんあるのに、叩かれない。過去には、四択問題で四つどれも正解になりうる問題もあった。逆に、正解のない四択問題も多々あった。ここまで英語が叩かれないのは、入試問題の英文を正しく評価できる人間が日本には少ないからである。一方で、「センター試験」や「英検」などは、試験の良質化、つまり「ネイティブ化」を進めている。これは日常的な活きた英語を学ぶという意図よりも、「日本語的英語」からの脱却を目指すものである。しかし、学校教育は旧態依然とした態度をとり、戦前の英語の文法・構文・イディオム・例文・長文問題を未だに引きずっている。教養のあるネイティブの知らない古典じみたものまで、重要構文のように教えているのである。学校の教科書や本屋で売ってる参考書もネイティブチェックが入り、良いものが出てきてはいる。しかし、「英語教師の授業、教授法」にはネイティブチェックは入らない。教室という個室で、ほぼ誰にチェックされることもなく授業は行われている。
 


8 興味あることに努力や忍耐が加わると、「自信」が生まれる

 私は幸運にも、十数年前、竹岡広信氏に出会い、英語の奥深さを知り、同時に現状の英語教育の危うさに気づかされた。「英語の話せない教師にはなるなよ!」「正しい発音のできない教師があまりにも多すぎる!」と強く話されていた。大学卒業後、カナダに留学し、日本語指導、翻訳、通訳と仕事をこなしながら、同時にいろんな角度で英語を研究してきた。過去数十年の「Question Box」や、英語学の最先端をいくロンドン大学の論文も読みあさった。私は普段、自信過剰な人間ではないが、少なくとも、他の教師の経験していないことをカナダで経験し、現在流行のスラングから、場面に応じた適切な表現法等を研究してきた。それは並大抵の苦労ではない。1つの疑問を調べていく過程で、新たに20の疑問に直面することもあった。それは、苦しい日々ではったが、英語を愛する者として至福の時でもあった。その私の蓄えてきたものを、次の世代に少しでも還元できればという思いで、この「東輝英語塾」を開校した次第である。
                                  
                                  東輝英語塾代表:園山泰堂


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